新宿の木下さん

毎年この時期になると「夏の甲子園」が始まるのであるが、僕はまったく興味はない。今日ネットの記事をいろいろ読んでいると、そんな高校野球に対し疑問を投げかける記事があった。書いてあることはまさにその通り、商売化に対する警鐘である。ここであれこれ書いてもしょうがないのであるがたかが高校生のクラブ活動の全国大会である、べつに炎天下、わざわざ甲子園球場で行われなくてもいいではないか。商売といたいのならせめて準決勝、決勝、そしてその前の3位決定戦(追加)で充分ではないだろうか、開催も秋でいい。

でも今では大嫌いな高校野球であるが僕も野球少年だった子供の頃は熱中して見たものである。それから進学した高校がT大学の付属校であり野球部員などはまるで「傭兵部隊」、今でもこんな学校に進学したことを後悔している。入学した春、それから1年生時代の夏、わが校は目出度く甲子園に出場を果たした。春の時はまだ入学が決まった中学生、それでも団体バスに乗って甲子園に応援に向かった。行き帰りの後部座席では「先輩方」がタバコをプカプカ吸いながら下品なわだいで盛り上がっていた。

「こんなバカがいる高校へ行くのか」そう思うと本当に悲しくなったことを今でも思い返すことができる。そして夏、僕は空手部の一年生であった、この空手部が僕の人生をぶち壊しにしてくれたのが・・・。夏の大会の時は応援団同士がけんかを始め僕も空手部の一員として修羅場に駆り出された。原因は知らぬがいざ決戦の時は真っ先に飛び出すよう「指令」をうけていた。つくづくバカバカしくなったが当時はすっかりビビってしまい生きて帰れないのでは、などともほんとうに思ったものである。

しかし応援団の3年生の貫禄はもう見事、2歳年上とはいえもう大人である。けが人も出さず団旗を奪い取り意気揚々として引き上げたのである。嘘のような話であるがこれは本当に体験した話、今から40年以上前の話である。「嗚呼花の応援団」が流行ったころでした。縁あって当時応援団の2年生であった木下さんとは今も付き合いがあります、あの頃は本当におっかなかった先輩も今では新宿で占い師、占い師には資格が不要だしあの頃から人に揉まれてきたからね。

そういう彼の占いはまんざらでもなく当たるそうです、最近姿を見ないようですがどうされたのでしょうか。